<仙台育英準V>心揺さぶる100年の決勝

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 東北に初めて優勝旗を持ち帰るという夢は果たせなかったが、仙台育英は高校野球100年の決勝にふさわしい戦いぶりを見せた。序盤に0-4とリードされても3点を返して懸命に食い下がり、中盤には追い付く粘り。そのひたむきなナインの姿は、東北の人々だけでなく、甲子園の大観衆の心を揺さぶった。
 仙台育英が3-6で迎えた六回、佐々木監督が「身震いした」と振り返る会場の雰囲気があった。2死満塁の場面で、甲子園のネット裏や内野スタンドなどの一般観客が手にしたタオルを振り回す。「仙台育英コール」が銀傘(ぎんさん)にこだました。
 そして、佐藤将が「球場全体の声援を力に変えて打つしかないと思った」と、中越えに走者一掃の三塁打を放ち、ついに6-6の同点とした。
 三塁コーチの佐々木啓太からは、急な追い風に乗って打球が伸びたように見えた。右腕を思い切り何度も振り回して走者3人を勢いづけ、本塁へと走らせた。「神懸かり的な場面だと思った。天国にいる憧れの先輩が風を吹かせ、外野の頭を越えさせてくれたんだと」
 先輩とは、2006年の大会で、佐藤由規投手(現ヤクルト)とバッテリーを組み、11年の東日本大震災で亡くなった斎藤泉さん=当時(22)=。佐々木啓は同じ宮城県石巻市出身の先輩の背中を追い、甲子園で決勝の土を踏んだ。「あんな形で追い付けたし、被災地に笑顔を届けられた」と胸を張った。

出典:河北新報
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201508/20150821_14018.html

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